Angling Net / The Grotesque Night

2003 ラストナマズ

これが今季最後の鯰‥‥‥
Muddy Waters "Ching Dong Stick"

バタバタしているうちに、鯰のシーズンが終焉を迎えていた。4月に始めて10月に終わる。それが通年の鯰のシーズンだ。もちろん11月に入っても釣れないわけではないが、釣りモノとしてはそろそろシーズンオフだ。幕を閉じる前に、もう1匹だけ釣っておきたい‥‥‥そんな気持ちでM川へでかけた。
川は水が少なかった。小さな川なので、雨が降ると一気に増水し、降らないと途端に干上がってしまう。水が多かった夏の間、鯰の隠れ家だった川岸のブッシュは、はるか陸の上になっていた。

■チャンコの堰
午後4時半。鯰が水面に姿を現すには少し早い時間だが、Ching Dong Bug Juniorを堰の下のエグレへタイトに打ち込んでいく。これだけ減水して、なお、出るとすればここしかないだろう。流れ落ちる水の音で捕食音は聞こえない‥‥‥と、音もなくジュニアが泡の中に消えた。何かが引っ掛かったような手応えがあった。食ったかな?ヨシ!合わせようと思った瞬間、ジュニアはポカリと浮いてきた。そのとき、鯰らしい尻尾が見えた。小さな鯰だろう‥‥‥もう一度打ち込む。と、またも小さな水柱が上がる‥‥‥がジュニアは浮いたままだ。その次も同じように水柱だけがあがった。
その後、堰下では何の反応もなかった。

■胡桃橋
盛夏なら、上流を目指すナマズが橋脚下のエグレに集結しているはずだが、これだけ水が少ないと確率は低い‥‥‥案の定、溜りにはコイしか居なかった。橋脚周りを釣っていると、バケツと玉網を持ったおじいさんが現れた。ヨタヨタとした足取りで川に入ってくる。底がゴムの長靴で滑りやすい岩の上を歩いてくる。危ないなあ‥‥‥と、思っていると
『釣れますか』
意外なほど元気な声で老人の方から話しかけてきた。
『いや、ダメです』
『コイですか?』
『いえ、擬似餌で鯰を釣ってるんです』
と、竿の先のジュニアを見せてやった。老人は不思議そうにそれを見つめていた。
『おじいさんは何を取ってるんですか』
『何ということはないけど、水が減ったので魚でもすくおかと思て‥‥‥』
堰下にコイが数十匹かたまっていることを教えてやったが
『あそこは深いし、行けんよ』
と、そのとき、目の前を40cmぐらいのコイが瀬を溯ってきた。老人は、しめたとばかり網を構えた。コイは瀬の一番浅いところで背中を全部出して、無防備にステイしていた。老人は網を構えたままジリジリとコイとの間合いを詰める。あと1m。老人は玉網を振りかざした。上からかぶせる作戦だ。老人が玉網を振りおろそうとしたそのとき
「バシャッ!」
危険を察知したコイは水飛沫をあげて深みに消えた。老人は玉網を振りかざしたまま、ボクの方を振り返って照れ臭そうに笑った。それは少年のような瑞々しい笑顔だった。

■下流の堰
ルアーをジュニアからChing Dong Stickにチェンジした。
ここが最後のチャンスだろう‥‥‥と、目星をつけていた堰下でもまったくアタリはなかった。西の空は夕日で真っ赤に染まり、やがて群青から紫紺へ、そして漆黒へと変わっていった。
浅くなった川をウエーディングしながら釣り下っていった。相変わらず鯰の反応はなかった。
ふと、武庫川のナマズ釣りのことを思い出していた。武庫川は大きな川で、ひとたび増水すると三日は釣りにならない。したがって減水時だけを狙う。しかも狙う箇所は瀬尻だけである。減水時に瀬尻で口を開けていると、勝手にエサの方から口の中に流れ込んでくることを鯰は知っているのだ。100mほど下流に大きな瀬があることを思い出した。

■瀬尻
流れの芯が右岸から左岸に変わるポイントだ。川を斜めにクロスする形で大きな瀬が形成され、ストンと落ち込むように幅30mぐらいの瀬尻になっている。流れはそこで一気に右岸にぶち当って川底をエグっている。
こんな日はここしかない。これが本当に最後のチャンスだ‥‥‥そう決め込んで粘ることにした。すぐ下流の橋の明りで視界は悪くない。投げたチンドンスティックが首を振りながら泳いでいるのがわかる。
十投、二十投‥‥‥。これだけ投げて出なければ、今日はダメかな‥‥‥と、思いかけたとき、目の前で「ドバッ!」と出た。鯰だ。出ただけで乗らなかったが、とにかく出た。まだまだあきらめるのは早い。
さらに十投、二十投‥‥‥。
また新たな「アキラメ」が入りかけたそのとき、またもチンドンスティックに水柱が上がった。20m以上向こうだが、今日はいつものハトリーズスティックライト&ナイロン12ポンドではなく、ホーネットミディアムヘビー&PE50LBだ。重みを感じると同時に、のけ反るような合わせを2発くれる。ちょっと大人げないほどの大合わせだ。鯰は得意の下品なドッグファイトで対抗したが、今日のタックルは頑強だった。それでも慎重に浅瀬へ誘導し、一気に抑え込んだ。

写真を撮って時計を見ると、まだ6時半だった。8時か9時まで粘るつもりで来たのだが、ボクはもうこの1匹ですっかり満足していた。これ以上鯰を釣ろうという気持ちは微塵もなかった。

二尺足らずの、ごく平均サイズの鯰である。
もう何百匹も、釣って、釣って、釣り飽きたはずの鯰である
それなのに、何とも言えない嬉しさが込み上げてくる。
帰りのクルマを走らせながら、どうしてボクはこんなに幸せな気分なんだろう‥‥‥と、考えていた。

8/october/2003


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