Angling Net / The Grotesque Night
Everyday, Everyday ...........
食う、寝る、釣る‥‥‥
食う、寝る、釣る‥‥‥
食う、寝る、釣る‥‥‥
来る日も来る日もそうやって遊び暮らしていたいと
ふと思うことがボクの人生にはたびたびある
それがかなわぬ願いであるならば
たとえ一週間だけでもいい
そんなふうに暮らしてみたい‥‥‥と
ふとささやかに願ってみる
そして二度目のタイ遠征だ
あれからまだ三ヶ月あまりしか経っていないというのに‥‥‥
抑えきれない何かが自分の中にあったのだろうか
たぶんきっとそうにちがいない
ここへ至るには決して平坦な道ではなかったはずだ
だいいち仕事を何日も休まなければならないし
貧乏サラリーマンには経済的な負担も少なくはない
しかしすでに
一歩踏みだしてしまった自分がそこにいる以上
もう後には引けないのである
こういう状態を「ハマってる」と世間では言うのだろう
さて
前回の釣行で得た経験をもとに
自信たっぷりに臨んだ二度目のタイ遠征だったが
結果から先にいうと完全な敗北であった‥‥‥
それもかなり惨めな敗北と言わざるを得ない
見えていると思っていたものが
実はまったく見えていなかったのだ
ああなんという失態だ
これはもうおのれを呪うしかない‥‥‥
状況が悪いだとか
時期がどうのこうのという問題ではない
そういうことは何も今に始まったことではない
そもそも
「来るのが少し早すぎたようだね」
だとか
「昨日まではジャカスカ釣れていたんだけど」
というような話は
世界中のいたるところに
それこそ石コロのように転がっているのだ
ブン・ボラペッというタイでいちばん大きな自然湖では
釣る前に腐った藻や数億匹の羽虫と闘わなければならない
まず前回の反省から道具立てを整備する
バスのラバージグ用のヘビーアクションロッドを4本
ロープロファイルの高速回転リールを3個
中古品をオークションで買ったものもあるが決してお安くない道具だ
さらにラインとフックを強化する
PEライン40〜100LBに国産ダブルフック
これでじゅうぶんだと思った
しかし
結論から言うとこれらはすべて失敗だった
竿の張りが強すぎるうえに伸び率ゼロの糸
そして強度ばかりを重んじたために
太すぎて刺し抜けが悪くバーブが小さく外れやすい鉤‥‥‥
それらの組み合わせはプラー・チャドーには最悪だった
開高健が「フィッシュオン」でブンブラペと書き記した
釣り人あこがれの「ブン・ボラペッ」
朝には蓮の花が開く‥‥‥まるで天上のようなところだ
少なくとも
もっと柔軟性のある竿を使うか
あるいは糸をナイロンまたはフロロカーボンにするか
伸ばされる恐れがあっても差し抜けの良い鉤にすべきだった
なぜそうすべきだったかというと
それは
プラー・チャドーという魚が
ニッポンに居るカムルチーやライヒーとは
まったく違う捕食のしかたをする魚だからだ
多くの種類のナマズや
タイにも居るプラー・チョンという種類の雷魚とも
プラー・チャドーはまったく違う魚だったのだ
何がどう違うのかについては後で詳しく述べることにして
そんなことよりも
まずそのことを
前回来たときになぜ学んでおかなかったのかということなのだ
ボクが自らの敗北を素直に認めるのは‥‥‥まさにこの点だ
ブン・ボラペッで唯一釣れたチャドーのお子様
共食いするのか尻尾がボロボロにかじられている
ブン・ボラペッではバラシの連続だった
鉤がかりすると強烈に首を振って鉤を外そうとする
それは前回の経験でじゅうぶんわかっていた
しかしそんなに簡単に鉤を外されたという印象はなかった
小さいながらも掛けた魚はたいがい捕れたのに
‥‥‥なぜだろう?
その原因のすべては今回準備したタックルにあった
それにしても強烈な羽虫(蜉蝣)の襲撃だった
あっという間に船は羽虫の死骸で満杯になった
それを踏んで滑って船の上で転びそうになる
つぶれた羽虫の汁で足も手も首もベトベトになる
それは喩えようもなく想像の範疇を超えた状況だったが
言い換えれば
いかにここの自然が豊饒であるかという証明でもある
もう‥‥‥笑うしかなかった
ブン・ボラペッのほとりに建つ掘っ立て小屋のようなレストラン
ここで食べた焼きプラー・チョンはとても美味かった
東南アジア独特のネットリとした空気に体が順応しはじめる
聞こえてくる鳥のさえずりや虫の音に耳が馴染みはじめる
バラシの連続だからと言って
釣れないからと言って
けっして楽しんでいないわけではない
ブン・ボラペッからカオレムダムへの長時間の移動さえも
むしろ
目に飛び込んでくる風景や
現地の人々の暮らしぶりなどを
旅行者としてきっちり眺め楽しんでいる
釣れないけれど‥‥‥
悪くはない
悪くはない
半日以上を費やしてようやくカオレムダムに到着した
小さなクルマは荷物であふれかえり
釣り人はそのすき間に押し込められていたが
大きく膨らんだ期待感が窮屈な空間を押しやっていた
釣り人はまだじゅうぶん元気だった
サバーイ
サバーイ
翌朝
夜がすっかり明けた頃
スピードボートでポイントへ向かう
午前7時頃ようやくスタートフィッシング
時間を気にしない南国特有ののんびりした気風は
いらちなニッポン人釣師にとっては精神衛生上極めて悪い
ブン・ボラペッならすでにひと勝負終わっているころだ
カオレムで最初に釣った魚‥‥‥Plaa Kasoop
さすがにこのサイズになると出方も釣り味も素晴らしい
当然のごとくカオレムでもバラシが続く
かけてはバラシ
乗せてはバラシ‥‥‥
そして突然
プラー・カスープという獰猛なコイが出た
これは前回きたときに釣りたかったが釣れなかった魚だ
しかもかなりでかい
思わず口元が緩んでしまう
プラー・チャドーは釣れないけれど‥‥‥
悪くない
悪くない
カオレムで二番目に釣った魚‥‥‥ブルーギル?
よく見ると尾鰭など部分的特徴がギルとは違う
狭い洞窟の昼休み
退屈しのぎに垂らした毛鉤を突っつきにきた小さなパンフィッシュ
プラー・チャドーが釣れない憂さ晴らしだ
ところでこの洞窟での昼休み
まるで屠殺された豚のように硬い船底に転がって寝るのだが
背中が痛む‥‥‥
腰が痛む‥‥‥
池波正太郎の小説を一冊持っていって退屈をしのいだりもしたが
やはりいらちなニッポン人釣師には間が持たない
カオレムで三番目に釣った魚‥‥‥Plaa Chon
この色、柄、顔つき、そして感触‥‥‥まるでヘビだ
さらにピクニックでまたまた初めての魚を釣る‥‥‥
プラー・チョンというもう一種類の雷魚
どちらかというとカムルチーに近いが
より爬虫類的容貌をしている
プラー・チョンにしてはグッドサイズらしいのでキープする
その夜
バーミーズインのレストランに持ち込んで
トム・ヤン・プラー・チョンというスープにしてもらう
しっとりとした肉質とオレンジ色の卵‥‥‥美味い!
色んな国を旅して
色んな料理を味わうのも旅の楽しみのひとつだが
自分で釣った魚をその国の料理法で戴くのはこれまた格別である
カオレムの二日が終わって
まだプラー・チャドーは釣れないけれど‥‥‥
いや
悪くない
悪くない
カオレムは色んな表情を見せる
灼熱の太陽が照りつけたかと思うと
突然つよい風が吹き荒れ雨が降りはじめたりする
犀か河馬かと思った丸々と太った水牛の群れ
ルアーを投げつけると不思議そうな目で追っていた
一点俄にかき曇り‥‥‥突然の驟雨
水墨画のような「侘び」「寂び」の世界に浸る
ダムの水位が下がると水没していたものが出現する
湖底に沈んだかつての寺院の尖塔か‥‥‥
さて
プラー・チャドーだが
ルアーフィッシングのターゲットとして極めて優秀な魚である
カムルチーやライヒーあるいはここに棲むチョンなどと比べても
比較にならないほどゲーム性の高い魚だ
まず
カムルチー等との決定的な違いを二つ知っておくべきだ
一つは追尾捕食するときの速度であり
もう一つは鉤がかりしたときのファイトの仕方だ
全身が筋肉質で強いバネのようなの魚体のチャドーは
日本の淡水(止水)魚には類を見ない速さで泳ぐことができる
しかも他の雷魚類には見られない「口を開けたまま」のファイトをするのだ
これが釣りとして非常に厄介かつ面白いところでもある
さらに鉤がかりすると同時に、強烈に首を振って暴れる
そして完璧に上顎を捉えたはずの鉤でも一発で外してしまう
今回は何度も鉤を外す瞬間を間近で目撃した
大きく裂けた口をほぼ180度に開いて暴れるのである
まるで「レッドスネーク・カモン」状態だ
ランディングネットに収まった瞬間に
あるいはボートの上に抜き上げた瞬間に鉤が外れることも少なくない
日本の雷魚や鯰釣りでは
ファイト中も口を閉ざしているのでそういうことは滅多に起こらない
プラー・チャドー恐るべし‥‥‥である
こんなベビーチャドーしか捕れない‥‥‥
竿は硬い
糸は伸びない
鉤は外れやすい‥‥‥と
三拍子そろっているのだから
弾かれる
弾かれる
バレる
バレる
おまけに釣り人のウデが悪いときた日にゃ
もう目も当てられない
今回
チャドーノートに克明に記録したメモによると‥‥‥
実釣時間‥‥‥のべ約40時間(ポイント移動時間を除く)
バイト数‥‥‥91回(魚種は不明)
釣れた魚の数‥‥‥8匹(うちチャドー5匹)
バラシた回数‥‥‥約30回(魚種は不明)
これを惨敗と言わずに何と言おう‥‥‥
タイ製ルアー「ルーク・オート」(オタマジャクシ)で
三悪タックルでもこのサイズならなんとかなるが
本当に釣りたいのはこういうのではない
体側が真っ黒で白いコーチドッグ模様の現れた獰猛な強者だ
タイ釣行最終日
無理を言ってノーイのハンヤウをチャーターする
最終日ぐらいはのんびりとやりたかったからだ
おなじ釣れないなら気持ち良く釣れない方を選択したのだ
ところがノーイは本気で釣らせにかかった
早朝から好ポイントでバイトが連発する
しかし
やはりバラシの連続だ‥‥‥もうどうにも止まらない
同船者の加知博くんにはまったくバイトがない
なんとか釣らせようと次々にポイントを変えるノーイだが
そうこうしているうちに時間が尽きてきた
そして最後に入ったポイントで
今度は加知博くんに強烈な水柱が炸裂した
パワーがありつつよくしなる彼の改造竿が満月にしなる
チャドーの勢いを竿が完璧に吸収しているのがわかる
「でかい!」
「やった!」
すでに頭から背にかけて真っ黒になりかけたチャドーが
ノーイの差しだしたネットにみごとに収まった
水橋加知博が釣ったチャドー
この色はスポーニングに関係があるらしい
「やった!」
「やった!」
すばらしい!
ボクの無念を彼がみごとに晴らしてくれた
まるで自分のことのように嬉しかった
「ちょっと持たせてくれや」
加知博くんが釣ったチャドーを持たせてもらう
こういうヤツを釣りたかった‥‥‥
いつもなら
そんな屈辱的なことを言うボクではないが
このときばかりは素直な気持ちで写真に収まった
他人の釣った魚だがこんなに嬉しい一匹はなかった
もうじゅうぶんだった
何も思い残すことはなかった
ボクは釣れなかったけれど
マイペンライ
マイペンライ
「ノーイ カッバーン!」
「カップ カッバーン!」
茶目っ気たっぷりに笑ったノーイがエンジンに火を入れる
何かがふっ切れたように船はけたたましく波を蹴たてて走り出した
後を振り返ることなく‥‥‥
カオレムナンバーワンのガイド「チャドー突きのノーイ」
いつかタイ語をおぼえてコイツを笑い転げさせてやろう‥‥‥
またいつの日かボクはここへ戻ってくるだろう
それがいつなのかはわからない
しかし
いつかきっと‥‥‥
厚い雲におおわれたカオレムの空にほんの一瞬だが青空が広がった
そしてまたすぐに灰色の雲が空を閉じた
‥‥‥幕は閉じられた
2003.7.13
ikasas ikuy
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