Angling Net / The Grotesque Night



釣り好きが高じてタイに根をおろしてしまった日本人のこと

彼のことを知ったのはもうずいぶん前のことだ。「雷魚を釣ったらコンニチワ」というホームページを偶然みつけた。そこに出てくるのがイノウチシゲハルという男である。色白で鼻筋の通った優男。おおよそ一般的日本人の特徴とはかけ離れた、エキゾチックな匂いのする男。つまり女が放っておかないタイプだ。そんな優男が雷魚を釣りまくり、やがて東南アジアを竿を担いで歩き回るというのだ。とても許しがたいハナシではないか。
しかもその釣行記たるや、文章を捏ねる捏ねる、回す回す。もうフラフラになるほどネチコイのである。ところが、そのネチこさに引きずり込まれて、ついつい深夜まで読みふけってしまうのだから、これはなおのこと許しがたいのである。それがまた、あの涼しげな目で書いているのかと思うと「殺したくなる」ほど憎いのである。
さらに、イノウチシゲハルはタイで美人の妻を娶り所帯を持ち、釣りガイド業を始めたというのである。平均的日本人であるボクは「こんな傍若無人なコトが許されていいのか」と思ったものである。

ちょうどその頃、友人タカサゴトシアキがバンコクへ一年間の期限付きで赴任した。極度の釣り好きであるタカサゴトシアキに「こんな無茶苦茶なヤツがいるぞ」と、イノウチシゲハルのことを告げ口すると、行動力超一流のタカサゴトシアキはすぐにイノウチシゲハルにコンタクトを取り、あっという間に親しい仲となって、プラーシャドー釣りに没頭し始めたのである。その半年後の2003年春、友人タカサゴトシアキの誘いで、ボクはタイの地を踏むことになる。そして今回が早くも三回目のタイ釣行だ。

いま、イノウチシゲハルは苦悩に喘いでいるらしい。魚が釣れないというのだ。何より客に魚を釣らせてやれないことが辛いのだと言う。
BuengBorapetの湖畔にゲストハウスまで建てたというのに、肝心のBuengBorapetが釣れないのだそうだ。釣り以前のモンダイが山積しているらしい。なるほど、なるほど。詳しい話を聞けば聞くほど、彼の悩みはよく分かる。そんなこととは露ほども知らなかったボクは、少しは同情してやってもいいかなと思い始めたものである。
しかし、そう簡単に許すわけにはいかない。なんだかんだと言いつつ、新車の日本製4WDは買うわ、エンジンボートは買うわ。それを牽引してタイ中を駆け回るイノウチシゲハルは、まだまだ羨まし過ぎるのである。まだまだ許してやるわけにはいかないのだ。


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