Angling Net / The Grotesque Night



■ ナコンサワンで犬に足を噛まれること

シゲちゃんの自転車を借りて
道を走っていたら
突然
唸り声を上げながらなにかが突進してきた
ふり返るとそれは犬だった
次の瞬間
右足首に激痛が走った

「うわっ! 噛みやがった!」

犬は調子に乗って
さらにもうひとかぶりしようとしたのだが
ボクは必死でペダルをこいで逃げた

噛まれた足首を見ると
真っ赤な血がふたすじ流れていた

シゲちゃんに犬に噛まれたというと
狂犬病の恐れがあるという
どんな犬なのか確認して
もし野良犬だったら病院へ行こうという
うへ〜
これはえらいことになった

ノックさん(シゲちゃんの妻)と3人でボクを噛んだ犬を捜索する
‥‥‥と
ゲストハウスから二軒隣の家の庭にその犬はいた

「あ! こいつだ!」

どうやらその家の飼い犬らしい
犬は反省しているのか
気まずそうな顔でこっちを見ている

ノックさんが大きな声で呼ぶと
犬の飼い主らしき体格のいいおばあさんが出てきた
ノックさんとタイ語でなにやら話している
言葉はわからないが
たぶんこういうことだろう

「あんたとこの犬がうちのお客さんの足噛んだわよ」
「いや、そうでっか、わてががんのすけだす」
「がんのすけだすじゃないわよ」
「昨日子犬を産んだとこやさかい、気ぃ立ってまんにゃ」

なるほど
ボクを噛んだ犬の周りには
生まれたばかりの子犬が数頭ころがっている
おそらく母犬は
子犬をおそわれると思ったのだろう

「ちゃんと鎖につないでおかなきゃダメじゃん」
「いや、ほんま、ものごっつすんまへん」
「狂犬病の予防注射は打ってるんでしょうね」
「へぇ、注射はちゃんと打ってまっ」

そういうと
おばあさんはボクを目でうながしつつ

「あんさん、ちょとわてについといなはれ」

と、ボクをどこかへ連れて行こうとする
どこへ連れて行くのかときくと
シゲちゃんは

「診療所らしいよ」

という

果たして
ボクが連れて行かれたのは民家の納屋だった
どうみても診療所ではない
数人の男たちの中にその男はいた
どうみても医者には見えない

男はボクに

「よしよし、治してやろう、そこに座んなせぇ」


タイ語でいいながら
ゲタのような小さな椅子に座るようにうながす
ボクが少しためらっていると

「でゃあじょうぶ、でゃあじょうぶ、そこに座んなせぇ」

しかたなくゲタの上に腰をおろすと
いきなり
野球のバットの先のような丸い石を
犬が噛んだ傷口に押しつけた
そして

「ふーふーふー」

と、三回息を吹きかけた
ボクが困惑していると
男は

「でゃあじょうぶ、でゃあじょうぶ、これで治ったよ」


タイ語でたぶんそういった

あとできくと
男は近所の寺公認の祈祷師らしい
おかげでボクは
日本に帰ってきてからも
まだ狂犬病を発症していない‥‥‥


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