Angling Net / Fly Fishing Today

二兎追う者一兎をも得ず
岸田川でサクラマスを釣ること



兵庫県の北西端に岸田川という細うて短い川がある。
数は少ないけどきれいなヤマメが釣れる。私はいっぺんも釣ったことがないが、まれにネイティブなイワナ(ゴギ)が釣れるらしい。しかし漁協の放流量が少ないせいかあまり人気のない川である。

岸田川のことは神戸市長田区で喫茶店をやっている石川さんに教えてもろた。今から十年以上も前のことやけど‥‥‥

「わしらはヤマメとちゃうねんで」

「何ですのん?」

「もっとええモン狙うてるねん」

石川さんは、すぐには答えを言わへんかったけど、詳しく聞くと狙いはどうやらサクラマスらしい。

「サイズ的にも遡上数的にも北陸地方には遥かに及ばんけど確率はなかなかええんやで」

「何ですのん?」

「それはな‥‥‥誰も釣らへんからや」
なるほど、100匹の魚を100人で釣ったら一人1匹だけやけど、10匹の魚を一人で釣ったら一人で10匹釣れる勘定になる。

後日、石川さんから五万分の一の地図が送られてきた。実績のあるポイントには丁寧に赤鉛筆でチェックしてあった。



さて、通年券を購入したものの宝塚から車で四時間ほどかかる上、解禁当初は雪が残ってたり、道路が凍結で通行止めになったりでなかなか近寄りがたい川やった。

最初は石川さんの地図を頼りにサクラマスを狙うてみたぇど、全く釣れる雰囲気がなかった。それよりヤマメが面白かった。3番のタックルにエルクヘアカディス#16というのがこの川の定番やった。目の覚めるような美しいヤマメに出会いとうて何べんも山越えしてここへ通うた。

朝と夕方をそれぞれ2〜3時間づつやって、25cm未満のヤマメが数匹。10匹以上釣れることはなかったと思う。(ウデも悪かったし)

それでも、誰もいてへん川の気持ちよさをいっぺん味わうと、もう他所で釣りするのがあほらしいなるというのがようわかった。けっこう足繁く通うた。

ある日の夕刻、イブニングライズまでにはまだかなり時間があるので、ルアーロッドをセットしてウグイでも釣って遊ぼと思うてたら、とんでもないモンがヒットした。

反転した魚体を見て足が震えた。
サクラマスやった。

ロッドはペナペナのトラウトロッド。ラインは長いあいだ巻きなおしてへん4ポンドテスト。リールに至っては故障しててドラッグが全く効かへんとゆう代物で‥‥‥

ドラッグが効かへんので何べんもラインブレイクしそうになった。そのたんびにスピニングリールのベールを倒して糸を出して応戦した。

溜息が出るぐらい長い時間かけて、ようやく岸にズリあげることができたんです。54.0cmやった。サクラマスとしては特別大きいわけではない。むしろ小物の部類に入る。しかし初めて間近で見る白銀の魚体は眩しすぎるほど輝いてた。

帰ってから友だちにそのことを話したら
「ウグイ狙いに来たようなサクラマスは値打ちあらへん」
と、あっさり言われてしもた。なるほどその通りかも知れへん。しかし何を言われようと、サクラマスを初めて釣ったことには変わりはない。昇天しそうなほど嬉しかった。

以来、この川へ行くときには必ずサクラマス用のロッドを忍ばせてるけど‥‥‥それ以来、なんでかサクラマスどころかヤマメの方もさっぱり釣れへんようになった。

二兎追う者一兎をも得ずという通り、煩悩がさまようてるうちは私も生臭釣師ということやろね。

ここ2年ほど岸田川へ行ってない。聞くところによると、ヤマメの放流量が格段に増えたらしい。魚が増えたら人も増える‥‥‥。
案の定、久しぶりに近くを通りがかったのでのぞいてみたら、おるわ、おるわ、河口から中流域にかけて、ルアーマンがドッサリと。

誰も居ない川‥‥‥私のパラダイスがまたひとつ消える。

1995年頃のメモより


 Hard Trout Fishin'