Angling Net / Ikasas Talk to Myself 1 nov 2003 もう十一月だというのに 温いぬくい これから春になるかのように 温いぬくい 2 nov 2003 末期的症状の青白い爺さん ここんところ うちの青白い爺さんの具合がとても悪い 青息吐息ですぐに固まってしまう ぼちぼち買い替えだが捨て去るには勿体ない ソコハカトナク愛着があるのだ よし 最後まで面倒を見て死に水を取ってやろう 4 nov 2003 この世に魚などいないのであろうか 夕刻 天下茶屋の小西氏と西野渡船で651へ渡ったが 何も釣れないので早々に引き上げてK浜へ転戦したが 何も釣れないので早々にやめて家に帰ってきた 沈む夕日をバックにつまらなそうに竿を振る小西氏 今日は娘(舞)の誕生日だ 23歳になる ああ‥‥‥ 5 nov 2003 交通違反前科モン講習 2ヶ月前のスピード違反の件で3回目の出頭である 本日は行政処分者短期講習だ 入り口で13800円を払って朝から夕方まで講習を受けると 30日の免許停止処分が1日になる つまり29日間オマケしてくれるのだ いわゆる「金で罪が軽減される」というシステムだ しかし こんなことでいいのだろうか ああ‥‥‥ 6 nov 2003 ナースログの一日 これといって何もしない一日‥‥‥ どこへも行かず だれとも会わず ただ寝ころんで テレビの時代劇を見たり 山之口貘や池波正太郎を読んだり ダラダラ ゴロゴロと一日を過ごす 無駄なような 贅沢なような一日を過ごす 一年のうちに何日かは こんな日が必要であるような気がする 明日は修行だ 7 nov 2003 温かすぎる11月 11月になっても ちょっとも寒くならない今年は まだ半そででウロウロしても可笑しくない 先日も 伊丹の運転免許更新センターへゼンカモン講習を受けに来ていた若い人が モッコモコのダウンジャケットを着ているのをみた とうぜん頬にはふたすじみすじ汗が伝わっていて それはそれは見ているほうにとっても非常に暑苦しかった そういうボクもダウンベストを着ていたのだが 汗が出る前に脱いでバッグに詰め込んだ もっと悲惨なのは革ジャンのにいちゃんだった 革ジャンは脱ぐとかさばるうえに 講習会場は狭くて革ジャンを置いておくような場所がないのだ それにそのにいちゃんは手ぶらなので 財布だとかの貴重品は全て革ジャンのポケットに収納しているので おいそれとそこらへんに置きっぱなしにするわけにもいかず 結局最初から最後まで革ジャンを着たまま講習を受けていた たぶん2〜3キロの減量になったはずだ 去年の今頃のTalk to myselfを読むと 冬になっていた 8 nov 2003 みかん 今日和歌山から蜜柑が届いた ごはんのあとで ななつ食べた 腹がはち切れそうで‥‥‥ しかしなんという 平和だ 9 nov 2003 選挙 何年ぶりかで参政するも投票した候補は落選した 10 nov 2003 ちょっと晩秋 冷たい雨が降って やっと11月らしくなってきた 夜がシーンと冷えて 風のない日を選んで メバルでもやりに行こう 11 nov 2003 ひとはなぜ魚を釣るのでしょう 一匹だけやゆうて 一匹で終わったやつは見たことない 明日がしんどいことは まあとりあえずおいといて魚釣り ほかにたくさんオモロイことが なんぼでもあることはわかるけど ああ なんで なんで なんで ひとは魚釣るのでしょう ああ なんで なんで なんで 今日も魚釣るのでしょう 12 nov 2003 ガー 早朝 船酔いに耐えながらジギンガーとなる 鹿の瀬でハマチを釣る 北寄りの風が強く雨が降ったり止んだり 晩秋に相応しく‥‥‥寒い 昼から 別の船に乗り換えてエギンガーとなる 海峡に垂れ込めていた雲が晴れ青空となる 日没前 明石浦の前で生まれて初めてコウイカというイカを釣る ゾウリムシに短い足が付けたような不細工な烏賊だが 家まで連れて帰って刺し身にして食べたら コリコリとしてなかなか面白い食感 平日だというのに 明石海峡はジギンガーやエギンガーで溢れていた 一昔前は ここらあたりにこの手の「ガー」はいなかった 回る 回るよ 時代は回る 16 nov 2003 台北1 昼過ぎ 小雨の台北に着く 看板という看板 標識という標識 町中のいたるところで漢字の洪水である さて 台湾(中華民国)がどういう国であるかは とりあえずこっちへ置いておいて まずは四川料理だ 四川は「辛い」というイメージだったがそうでもない 本場の四川料理であるかどうかはべつにして とにかく「美味い」のである マナガツオの丸揚げ甘酢餡掛けに魅了される 骨まで食い尽くす 夜 絹のような雨の降る中 独りで西華夜市(イェスー)まで歩いて行く 宿から夜市までの暗い夜道が怖い 見知らぬ町の夜歩き‥‥‥しかも裏通り 人相の悪い中国人とすれ違うときはつい身構えてしまう 後ろから襲われないようにときどき振り返る 夜市に近づくと屋台の明りですこしほっとする 夜市は日付が変わるまで賑わうらしい 屋台では地元民たちが怪しげな獣肉を貪っている 獣肉というよりほぼ内蔵である 貪りつつ大声で喋っている 地元民に混じって 屋台の西瓜汁(1杯10元)を飲む 烏賊の天麩羅(1串20元)を食う パジャマと靴下(12足100元)を買う 値切り方が分からないので言い値で買う 17 nov 2003 台北2 朝 ‥‥‥絹のような雨 ホテルの不味い朝食を食う 後で分かったことだが 台湾で一番不味いのはホテルの朝食である これは断言できる 観光‥‥‥ 台湾で一番古い寺 龍山寺(ロンサンシー)へ連れていってもらう 屋根には龍、龍、龍‥‥‥ 屋根に龍がひしめき合う派手なお寺だ 熱心な信者の焚く香でむせ返る ふと気が付くと そこは夕べ歩いてきた夜市のすぐ隣だった わざわざ車で来るほどの距離ではなかった 突然 「大日本帝国!」 と、眼に狂気を帯びた老婆に声を掛けられる 老婆は 「オジャマシス」 と言いながら握手を求める さかんに何かを伝えようとしているのだが まったくわけがわからない 老婆の手を握り返して 「オジャマシマシタ」 と言って引き下がるしかなかったのである 大東亜戦争が終わった後に生まれたのだから 昔のことはよく分からないので どうしようもないのである 昼 台湾人が行列を作る人気店の小龍包を食う 気が遠くなるほど 「うまい」 もし 日本にこの店があれば毎日でも通うだろう ああ 毎日食べたい‥‥‥ 蒋介石の記念館を観たあと 西門(シーメン)という町へ行く 台北の原宿と呼ばれているらしい たしかに若者だらけだ しかし 原宿という所へ行ったことがないので比べようがない 知っている範囲では活気に溢れるソウルの明洞に似ている 西門で これまた行列の出来る阿宗麺線という店へ行く 店といってもテーブルも椅子もなく 一杯35元を払ってお椀を持って店の前の路上で立ち食いである 腹が減ってなくても食べたくなる‥‥‥ 麺線とは簡単に言えば牛の臓物入りの中華風にゅうめんで これがまたなんとも筆舌に尽くしがたい絶品であった 夕方 台北駅近くの自助式焼き肉屋へ行く 自助式とはセルフサービスのことらしく いわゆるビュッフェスタイルなのだ 何種類かの獣肉と野菜が山積みにしてあって 好きな肉と野菜を好きなだけ皿に入れて 好きな調味料を好きなだけかけて(ここがモンダイ) 奥の「焼き場」へ持っていくと コックが直径3mほどもある大きな丸い鉄板の上で焼いてくれるのだ 鹿肉とモヤシとキャベツに 醤油とごま油と赤唐辛子をぶっかけて持っていくと 長さ1mぐらいの棒で混ぜながら焼いてくれる 味は少し薄味過ぎた 自助式焼肉‥‥‥面白いが失敗である 夜 タクシーで士林(スーリン)夜市へ行く 台湾最大の夜市らしくなるほどものすごい賑わいである どこからこれだけの人間が沸いて出たのかと思うほど人で溢れている ジーパン屋で500元ぐらいのベルトを780元で買わされる 帰りはタクシーの運転手に宿の名前を紙に書いて見せる 漢字が書けるということはここではとても有利である 18 nov 2003 台北3 朝 ‥‥‥晴れる ホテルで清粥をすする ホテルの朝食は不味いが 清粥なら米の味しかしないので耐えられる 観光 淡水(タンスェイ)という港町へ行く 兵庫県の香住のようなひなびた町を想像していたら なんと近代的なビルの建ち並ぶ「都市」であった 淡水というのは台北市内を流れる大きな河の名前だが その河口部にある町なので「淡水」というらしい オランダの植民地時代の「紅毛城」を観る れんが造りの美しい旧英吉利大使館を観る オランダ植民地時代の「紅毛城」 淡水河口の川岸で釣りをする人を見る 近づいてみると数人でアイゴの新子を釣っていた 「釣ってみませんか」 と突然、老釣師が流麗な日本語で話しかけてくる 大日本帝国支配時代の日本語教育を受けた人らしい 「ちょっとやらせてください」 ついつい竿を借りてしまう 思いがけず釣りをすることになる 老釣師に道具を借りてエサの付け方を教わる 延べ竿に玉浮子と鉤だけのシンプルな仕掛けに 練り餌を付けて水面に糸を垂れると ピクピクとかすかなアタリ‥‥‥ 「えいっ!」と合わせるがなかなか釣れない 隣で若い釣り人がバリコを釣り上げる 「口が小さいのでエサは小さくしたほうがいいですよ」 と、老釣師からアドバイスを受ける なんとか一匹‥‥‥と頑張ったが結局ボーズに終わる 淡水旧市街にある市場をのぞく 昔ながらの闇市のような市場は活気に溢れていた 魚屋の店先には タチウオ、イシモチ、ボラ、スルメイカ、ワタリガニ‥‥‥ ニッポンでもお馴染の魚が並ぶ 亜細亜の市場の魚屋はどこもみな似ている 昼過ぎ 飲茶の遅い昼食 期待していたほどではなかったが 神戸の南京町よりは美味い MRTという台北の地下鉄に乗ってみる 目的地は「TAIPEI-101」という世界一高い展望ビル 切符の買い方が日本とは違う 行き先までの料金ボタンを押してからコインを入れる 中山駅から乗って途中台北駅で乗り換えて市政府駅まで25元 「TAIPEI-101」 てっぺんまで登れると思ってわざわざ行ったのだが まだ完成してなかった 完成すると世界一高い(508m、101階建て)ビルになるらしい 尖塔部ははるか雲の上にある‥‥‥ 夕方 台湾料理の店に行く そもそも台湾料理とはどういうものなのかがわからないが 全体にあっさりしているような気がした 浅蜊のスープは絶品 夜 またしても絹のような雨が降る 西華夜市まで歩いていく 西瓜汁を飲む 串に刺したチョボ焼きを食う ニッポンへ持って帰る土産を買う 甘栗、豆菓子、衣類などなど すべて信じられないほど安い 19 nov 2003 台北4 朝 雨‥‥‥絹のような雨 楽しい時間はあっという間に過ぎる 今日はもうニッポンへ帰らなくてはならない ずっとここに居て 色んなものを観て 色んなものを食い尽くしたい‥‥‥ しかし 楽しい時間はいつも短い ガイドをしてくれた楊宏仁という台湾人青年に聞く 「アナタはニッポンへ行ったことはありますか」 「あります」 「日本の中華料理をどう思いますか」 「味がうすいです」 「台湾について聞いてもいいですか」 「どうぞ」 「これだけ発展している国が認められていないことをどう思いますか」 「おかしなことだと思います」 「常に第三国に支配されてきた歴史をどう思いますか」 「悔しいことです」 「蒋介石総統は今も国民の英雄ですか」 「今はそうでもありません」 「アナタにとって中華人民共和国とはどういう国ですか」 「別の国です」 「アナタの心の中に中華人民共和国に対して敵視する気持ちがありますか」 「あります」 最後の二つの質問の 中華人民共和国は 「別の国です」という応えには 「そんなことあたりまえじゃないか」という嘲笑が含まれており 敵対する気持ちが 「あります」という言葉の中には 彼の強い意志が含まれていた 飛行機が台北を飛び立つと 3時間足らずで日本に帰ってきてしまった ボクは回る寿司を食べないではいられない衝動に駆られていた 24 nov 2003 さとうきび畑 今日 テレビで 森山良子の「さとうきび畑」を聞いた 聞いているうちに 涙が出てきた なんども なんども 耳にしている歌なのに なぜか 胸に染み込んできた 音楽とは深遠なものであるなと あらためて思った 28 nov 2003 sakura 残業続き 残存体力減少中 要充電 ただし 膝が痛いこと以外は特に大きく変わりなし 昼過ぎ 近所の郵便局へ行く道で 公園の桜が狂い咲きしているのを発見 まだ枯れ葉の残る枝に一輪二輪 ここの桜は毎年そうであると聞いたことを思い出した 灰色の空からは晩秋の思い雨が降りだして アスファルトを黒く染める パン屋の前のタイルの上は メレルのウィンターモックでは歩きにくい 滑る 滑る 29 nov 2003 sheequasah 一日中雨が降って気温が高い 昨日 井上さんに教えてもらった業務用スーパーで sheequasah streightを買う オレンジジュースと考えると非常に高いが 調味料と考えると妥当な値段である そのまま飲んでみると強烈な酸味 とてもストレートでは飲めそうにない とりあえず iichiko superをsheequasahで割ってみる oh! 爽やか! これはスバラシイ こんどは箱で買お old tales |