Angling Net / Ikasas Talk to Myself 1 dec 2003 師走「壱」 十二月になった 毎日々々しんどい日々である 肉も骨も草臥れ果てている ゆっくりのんびり温泉にでも浸かりたい気分だ しかし 温泉に行く時間がない 仕方がないので 自宅の風呂に入浴剤「奥鬼怒の湯」を入れて誤魔化すことにする 白濁した湯の中に体を沈めて 目をつぶると 温泉の匂いが鼻腔を刺激して あたかも温泉に浸かっているかのようである 目を開けると ああ‥‥‥家の風呂だ 2 dec 2003 師走「」 死体を見ても まったく動じない自分に驚く それは多分 見知らぬ他人の死体だからだろうけれど たとえそれが身内であったとしても さしたる違いはないのではないかという気がする 夜明け前 布団の中でまんじりともせず天井を睨んでいると 死者の顔が天井の板に浮かんでは消える 警察から電話がかかってきて事情を聞かれる 「知りません」 「ボクではありません」 「ほんとうです」 指紋はどこにも残さなかったはずだ‥‥‥ 3 dec 2003 師走「彡」 ここのところ毎日 これである jam-kimaという報道系ホームページを見て知ったのだが あの「ジャパン」で売っているという情報なのだ ジャパン‥‥‥ いかにも日本を代表するような安売りスーパーではないか さっそく近所のジャパンで そのマルちゃん「沖縄そば」を15袋ゲット 5袋セットで298円 つまり1袋59円60銭だ 安い! 安い! たった59.6円で沖縄へ行けるのだ それに マルちゃんというインスタント麺メーカーは信頼できる たしかジャンキー内藤にもらった徳島ラーメンもマルちゃんだった うむ このメーカーは信頼できる! おまけにバックの絵は首里城だ 非の打ち所がない‥‥‥ではないか 4 dec 2003 師走「風邪」 数日来 風邪を引いている 毎年この時期に決まったように風邪を引く ただしこの風邪は熱が上がらないのが幸いである 土石流のように鼻水が流れ出て 津波のように押し寄せる咳が出て どうやら今日が峠のようである 熱い風呂に入って 熱いものを食べて 焼酎でも飲んで 寝てよう 明日は修行 5 dec 2003 師走「風邪」 津波のような咳が続く 咳をしすぎて背筋が痛い 深呼吸ができない なにをたべてもおいしくない それでも釣りに行きたい 6 dec 2003 師走「風邪彡」 目が熱い 鏡を見ると白目のところが赤い 充血してきれいなミジミジ模様になっている 本を読むとすぐに眠くなる 目を閉じるとじわ〜っと楽になるが 眠ろうと思うと眠れない メバル釣りに行きたい 8 dec 2003 師走「風邪烈」 相変わらず目が赤く熱い 胸が痛いので煙草が吸えない 三日振りに歯ブラシで歯を磨く 気持ち良いが歯を磨くのは疲れる 熱い風呂に入る 頭を洗って髭を剃る もういちど温もろうとしたら 湯船の栓が抜けて湯がない おまけに剃刀で喉仏を浅く切って血が滴る 力加減がよくわからない こういうときは電気剃刀に限る こんな話を公開している場合ではないが‥‥‥ 9 dec 2003 師走「風邪激」 ヨドオシセキガデテネムレナカッタ シュギョウカラカエッテキテイエデ4ジカンネタ シュウイニキガネシナイトケッコウネムレルモノダ 10 dec 2003 北新地 わいはいっぺんここで 酒を飲みたかったんや しんどいめして やっと貰った ボーナスを ぱーっと全部 使てもたろか ‥‥‥と 上田正樹が絶唱したアノ「北新地」デアリマス ぁあぁ あこがれの ぁあぁ あこがれの だれもが憧れるぅぅ「北〜新地」‥‥‥ 華も実もあるぅぅ「北〜新地」 そう思っていたら 実はそうでもないのです 最近はここらもえらく大衆的なんですよ おカネのことを言うのはアレなんですが 早い話が 北新地も阪神尼崎もそう変わりないのです こうなるともう 北新地であろうとなかろうと そんなことはどうでもよいのであります 酔っぱいがドブに吐いた反吐の テカテカした表面に映っているのは 法善寺の十三夜の蒼い月ではなく 次の別の酔たんぼの醜い顔なのであります 西洋の由緒正しき酒と 日本の正体不明の酒とのチャンポンで とりあえず これにて一件落着なのであります しかし ちょっと冷静になって考えてみたら わざわざこんなところにまで来て飲まなくても 阪急小林駅前の焼き鳥屋でじゅうぶんなのではないでしょうか 12 dec 2003 釣人の忘年会 大阪で 釣人が二十数名集まって 忘年会をした ドクター山本も来てくれた おもしろかった のどが痛くて咳き込むので ハモニカは吹けなかった 来年は吹けるようにがんばろう 13 dec 2003 やっとこ ボクがまだ幼稚園に行くか行かなかという、いわゆる幼少の頃の話である。ボクはモノを手に持ってはいちいち父や兄のところへ行って「これなに?」と、聞いてはモノの名前を覚えていたのである。そうやって子供というものはモノの名前や使い方を覚えていったものである。幼児教育とは元来そういうものではないかとボクは常々思うのだが、我が国の親は無責任にも子を保育所や幼稚園などに預けるものだから、子は歌いたくない歌を歌わされたり、お遊戯をさせられたりと、とんでもなく自由を奪われているのである。 さて 我が家は(いまでもそうだが)町の小さな自転車屋だった したがって 工具類がそこいらじゅうに散乱していたのである ボクはそのひとつひとつを手に持っては父や兄のところへ行き 「これなに?」と 聞いていたのであるが それを見ていた気の短い母親は 「またそんなもんつかんで手ぇあぶらまみれやないか!アホっ!」 と怒るのである しかし父親は母親より少しだけ気が長いので 「ああ、それはペンチや、こやってはさむんや」 「ああ、それはカナヅチや、こやってたたくんや」 「ああ、それはネジマワシや、こやってまわすんや」 と、いちいちやさしく教えてくれたのである ところが‥‥‥ ↑↑↑ これを手に持って父親のところへ行き 「これなに?」 「ああ、それはやっとこや」 「えー?なんてぇ?」 「やっとこや」 「えー?なんてぇ?」 「やっとこやゆーとるやろっ!なんべんゆーたらわかんねん!」 と やっぱり気が短いので3回目には必ず怒られるのであった さてそこで その「やっとこ」なのである なぜボクが何度もやっとこの名前を父に聞き直したかというと ボクの頭の中には 別の「やっとこ」が入っていたからなのである つまり ボクがその頃おぼえさせられた歌のレパートリーの中に 海野厚作詞・小田島樹人作曲の 「おもちゃのマーチ」という歌があった ↓1番は以下のような歌詞だ やっとこやっとこくりだした おもちゃのマーチがらったった 人形(にんぎょう)のへいたいせいぞろい おうまもわんわもらったった という他愛のない歌なのだが 冒頭からいきなり「やっとこ」が出てくるのである しかも二回リフレインしているのだ しかし どう考えても 歌に出てくる「やっとこ」と 手に持っている「やっとこ」は結びつかないのであった やっとこ やっとこ くりだした‥‥‥である 「くりだした」は「栗出した」であろうと思ったのである つまり やっとこを二回使って栗を出したのであろうか しかし「栗」を「出す」と言うだろうか 「栗」は「むく」と言うのではないだろうか やっとこやっとこくりむいた‥‥‥ なにしろ ワケのわからない歌をたくさんおぼえさせられたせいで こういう苦労が絶えなかったのである 話は変るが ボクが幼少の頃といえば 日が暮れて遅くまで外で遊んでいると 「いつまでも遊んどったら子取りがくるで!」 とか 「早よ帰ってこな子取りに取られるで!」 などと これはまあ うちのオカンに限らず 近所の母親連中はみな異口同音に 自分の子供を威嚇しておったのである ボクは実際に「子取り」という職業の人を見たことはない しかし 毎日のようにその恐ろしいイメージを母親からすり込まれていたので 頭の中では「この世でもっとも恐いもの」というイメージが増大していた 「子取りに取られたらサーカスに売られてまうで!」 という決めゼリフの効果は絶大で 子供らはサーカスに売られまいとすっとんで帰ったものである そのくせ 夕方に市場までお使いに行かせようとする母親に 「くらなったら子取りが出るから行かれへん」 というと 「おかあちゃんが子取りのオッサンにたのんどいたるさかい行っといで」 とむちゃくちゃなことを言うのだった 今思えば そんなアウトロウな職業が公認されているのはオカシイと気付くのだが なにぶん幼少の頃は世間が狭かったのである 子供の頃恐かったものは 子取り、医者、学校の先生の順だったように思う さて‥‥‥ 清水かつら作詞・弘田龍太郎作曲の 「靴が鳴る」である‥‥‥ ↓1番は以下のような歌詞だ おててつないで野道をゆけば みんなかわい小鳥になって 歌をうたえばくつが鳴なる 晴れたみ空にくつが鳴る これは前にも書いたと思うが 「かわい小鳥になって」のところを 長いあいだ「こわい子取りになって」と思っていた 恥ずかしながら かなりいい歳になるまでそう思っていたのだ 「小鳥」という言葉を知らなかったわけではないが 幼少の頃から 母親に植え付けられた「子取り」のイメージは強烈で 「ことり」と言えば 「小鳥」ではなく ヒゲ面の汚いオッサンが子供を捕まえて 片っ端からズダ袋に放り込んでいるシーンが 目に浮かんでしまうのであった そして可哀想な子供たちはみな サーカスに売られてゆくのであった‥‥‥ それにしてもである 「歌をうたえばくつが鳴る」とはいったいどういうことだろう 下駄なら 「カランコロン」と鳴らぬでもないが 「下駄が鳴る」ではなく「靴が鳴る」なのだ しかもそれがこの歌のタイトルになっているのだ 当時の子供が履いていた靴は すべからくゴム底のズック靴である しかも「野道をゆく」のだから アスファルト鋪装などしていないはずなのだ どうやって靴を鳴らすのだろう‥‥‥ 我々が幼少の頃は かように矛盾だらけで 誤解を招きやすい歌を 強制的に歌わされていたのである 14 dec 2003 まらいや マライヤキャリーという歌手がいる 少し昔 家にそのCDアルバムが一枚あった たぶん娘のCDだが 聴くとはなしに聴いてみて 2曲目の途中で投了した 「まいりました!」 ところで ニッポン人のなかに ああいう歌い方をする歌手がいるらしい いるらしいことは知っていたが まさか遭遇するとは思いも寄らなかった 「降参!」 しかし逃げ出すわけにはいかなかった というよりも 逃げ出せる状況でも雰囲気でもなかった 賽は投げられていたのだ そして2時間半 ボクは耐えに耐えた 日頃のボクはけっこう諦めが早くて 無駄な抵抗はせずすぐに白旗を揚げるタイプだが 白旗を揚げられる空気ではなかった アリ地獄に落ちた蟻のように 自らの運命を呪った いや よく頑張った 最後までではなかったけれど なんとか雰囲気を壊さずに生還できた いあ よくやった 15 dec 2003 Sijacks 体調も戻ってきたし 風が止んだらメバルでも釣りに行こう‥‥‥と せっせと準備だけはしているのだが さてとなると強風波浪注意報がでたりなかして なかなかその気にさせてくれない 橋を渡って まず彼処で25cmを狙って 彼処で15cm級をしこたまやっつけて 彼処と彼処で20cm級を何匹か釣って 最後に彼処で18cm級を釣ろうと ちゃあんと順番まで決めてあるのに‥‥‥ 16 dec 2003 鳩と闘う 数年前のことだが 五日ほど家族旅行に行って帰ってくると 家のベランダ(鉄筋コンクリート造アパートの12階)に 鳩が巣を作っていた 空っぽの植木鉢の中に藁を運んできて丸い巣を作っていた ベランダは鳩のフンだらけで足の踏み場もない 洗濯物もフン害で何度も洗い直しをしなければならない そこで 止むなく強制撤去しようとしたら ♂だか♀だかが巣を守って動かない 手を伸ばすと遠慮がちに嘴で手を突きにくる 首根っこをつかんでどけてみると ピンポン玉ぐらいの卵を二個産んでいた こまったこまったこまどり姉妹 「どないしよ」‥‥‥と言ってるうちにヒナが二羽孵った (卵は二個だったので計算は合う) 毛のない妖怪のようなヒナは気持ち悪かったが 数日すると親と変らぬ姿になった 「この子らが巣立ったら出ていってや」 と、鳩の親には念を押していたところ ある朝早く カラスの襲撃にあいヒナの一羽がカラスの朝飯になった もう一羽はベランダの排水口に頭を突っ込んで身を守ったようだが 結局 排水口から出られなくなり死んでいた‥‥‥ と思って引きずり出したら なんと息を吹き返した 生き残ったヒナは次の日無事巣から飛び立った その後 足羽筑前守に「効果絶大」と評判のフクロウの置物をもらい ベランダに置いてみたが効果は数日しかなく 一週間もするとフクロウの置物の上に鳩が停まっていたりした いちど ラムタラがベランダに侵入した鳩を 爪のない前脚で押さえつけたことがあった 鳩の首根っこをくわえて得意げに部屋に戻ってきた さっそく焼鳥にして食べた(←ウソ) ラムタラをベランダに出すのはなかなか効果的だが 地上に墜落したり隣の家に忍び込むおそれがあるので却下された 最近またベランダで鳩が 「くっくるくーくっくるくー」とうるさい また巣を作ろうとしているようだが 今度はなんとしても阻止せねばならない そこで ベランダの開口部全体に ナイロンの8ポンドラインを張り巡らしたのであるが 何の効果もなかった 鳩は笑いながら隙間から侵入してくる 深夜 鳩が侵入しているのを確認してそっと近づくと 巣はないがベランダのコンクリの上に卵を一個産んでいた さっそくサニーサイドアップにして食べた(←ウソ) 楽天市場で 岡山の「シンワ株式会社」の防鳥ネットを2枚注文した さっき届いたのだが注文した金額より請求額が高い 箱を開けてみたら2枚頼んだのに3枚入っている ほんとうは1枚でよかったのだが予備にもう一枚買ったのである 予備の予備は不要なのだが‥‥‥ しかしまあ これでもう大丈夫‥‥‥かなぁ 18 dec 2003 阿波路島 ひさしぶりに 阿波路島へ釣りに行く N港、K港、T港、H港と 転戦しつつメバルを狙ったのだが なぜか メバルの反応はシブかった 春先に大型が出るポイントも数ヶ所まわったが まったくアタリすらなかった 港内の入れ食いポイントでも ポツリポツリと小型が釣れるだけで いったいメバルはどこに行ったのだろう‥‥‥ そのかわり ガシラは元気だった 16〜23cmが11匹釣れた 25cm超の良型も来たが ナイロン3LBを切られた(ヘタクソ) 釣れたガシラはぜんぶキープして 煮付けと唐揚げになってもらうことにした 風もなく 波もなく 寒くもなく 絶好のメバル日和だったのに‥‥‥ 19 dec 2003 あかやがら鍋 「筆舌に尽くしがたい味」‥‥‥ などというようなことを 書いたり言ったりしてはいけないのである 美食レポーターは常に おのれの「筆」と「舌」で 美食を語り伝えなければならないのである しかし それにつけても 「あかやがら鍋」は 筆舌に尽くしがたいのである 昆布出汁と昆布ポンズという グルタミン酸体制で臨んだあかやがらは フグでもなく アンコウでもなく クエでもなく マゴチでもなく しっかりとアカヤガラであった 彼は完全に自己主張していた 体型から 以前奄美で食べた「ダツ鍋」を想像したのは 大きな間違いであった この味覚にたどり着くのに三年かかった‥‥‥ つまり 三年前の十二月のこと エンドレス森下が 「こんなん釣れてん」と アカヤガラ(全長146cm)を見せてくれたとき 「なんじゃこの気色悪い魚!」と 馬鹿にしたボクに 「けど、鍋にしたらめっちゃ美味いねんで」と 大事そうにクーラーにしまい込む 松下元ニグアンドサックス会長の言葉だった 「ふ〜ん、こんな魚が美味いんか‥‥‥」 以来 あかやがら=美味い という単純な図式が脳裏から離れなかった そして先日 堺商人の水橋かちひろが その「あかやがら」を わざわざ修行場へ持ってきてくれたのだ 彼を釣りに誘った上原氏 釣ったのに食う権利を放棄した小西氏 引き取り権を譲ってくれた辰巳氏 彼らのお陰でボクはこの味にたどり着けたのであった 感謝 感謝 20 dec 2003 雪 宝塚に雪が降った 裏の山がうっすらと雪化粧して 冬らしい景色になった 明日はバスもここまで登ってこれないだろうと 次の朝、早起きをして見てみたら 雪はすっかり消えていた 22 dec 2003 無濾過生原酒 かまどやから酒が届いた。「成政」無濾過生原酒。いわゆるマニアの飲む酒であろうか。こういう酒にあう肴を選ぶのは骨が折れる。濃厚でアルコール度数が高いうえに甘い。したがって、それに負けない濃厚な味の肴で勝負しなければいけない。ただし火を通した魚介類ではインパクトが弱すぎる。酢でしめた魚も味負けする。そこでたどりついたのが、烏賊納豆、スモークサーモンであった。どうしても熱をくわえるなら鮟鱇の肝。火を通すなら魚ではなく鶏、名古屋コーチンはどうだ。そして究極の肴はカマンベールチーズではなかろうか‥‥‥などと考える。 こんなことに思いを巡らせていると、まるでボクが酒飲みであるかのようだが、実は一般人なのだ。けっして「のんべえ」ではない。しかし、こんなことを考えるのはなぜか楽しい。あーでもない、こーでもないと言いつつ、結局、紅鮭の冷薫製で飲ってみることにした。おぉ、純米原酒と紅鮭が見事に対峙している。 24 dec 2003 寒バス釣り ド素人を連れて 東播へ今年最後のバス釣りに行く 空はからりと晴れて 周囲の景色が霞の中に馴染んでいる 風も無く 温かく こういう日を 昔人たちは小春日和と言ったのだろう まるでバス釣りのカタチになっていないが 嬉々としてキャスティングを楽しむド素人 播州ラーメンで腹ごしらえをして さてバス釣りである ピクニック チンドンスティック バナナ などなど あれこれプラグを取っ換え引っ換えしながら 池を四つほどまわって見る しかし バイトの「バ」の字も バスの「バ」の字もなかった 横でド素人は ルアーを振り切って飛ばしたり ラインをぐちゃぐちゃにして楽しんでいる いちど カムトゥゲザに 水面が盛り上がったような気がしたが 気のせいだった テールのペラが 大きく飛沫を・あげた・だけ・だった‥‥‥ と、思う 釣りの帰り 井乃屋に寄ったら 東條泉のにごり酒が入ったばかりだった 家に帰ってさっそく栓を抜くと 「シュポン!」 と大きな音を立てて栓は天井を直撃した まず 上澄みをなめてみる 口の中で泡がはじけて えもいわれぬうまさである 次に栓をしてよく振ってから濁りをすする まったりとした甘露なうまみが広がって 危うく気絶しそうになる この酒 以前はなかったが 最近は「恋雪」というサブタイトルが付いている まるでボクのためにある「酒」ではないか。 この時期 東播へバス釣りに行くと 必ず帰りの駄賃に一本買い求める 時機を逸するとすぐに売り切れてしまう人気の酒である 安月給取りには少し高価な酒だが 自分へのクリスマスプレゼントである 焼き魚を肴にしてみたが 見事に外した やはりこういう酒には肴は要らない 透明瓶の中で怪しくにごる液体を眺めつつ ちびりちびりと舐めるのがよい そうしているうちに つい眠りこけてしまったらしい 目が覚めると すっかり夜だった 25 dec 2003 メリクリスマス クリスマスだからというわけではなく ただたんに クリスマスの神戸を ぶらついてみたくなったのである 途中 蕎麦屋でてんぷらそばを食べて 自分用のクリスマスプレゼントを買いにL.L.Beenへ行くと 店員のお姉さんがとても美しかったので それが少し嬉しかったりするのである なぜなら 昔の神戸には神戸美人というのがたくさん居て 全国に誇れるぐらいあでやかだったのだが それが残念なことに いまではもうそんなものは絶滅してしまって 近ごろではもうまるで見る影もないのである しかも クリスマスともなるととんでもなくひどいのである それにしても 神戸の町中がカップルだらけで ボクのように独りで歩いていたり 或いは男同士や女同士で歩いているのが なんだか悪いような気がしてきさえするのである ボクらが若いころは モテない男はもっと潔くモテなかったのもので クリスマスであろうとなかろうと 正々堂々と神戸の町を独りで歩いていたものだが いまどきのクリスマスの若い男たちは なにをそんなに焦り慌て喘いでいるのかと聞きたくなるほど 独りで歩くことがこの上なく辛いようなのである その結果 あまりにも安易に安直に安穏に 見境なく妥協せざるを得なくなってしまったのではないかと 老婆心ながらボクは推察しないではいられないのである それはもう手当たり次第としか思えないのである さて 神戸のクリスマスといえば いまや押しも押されもせぬ存在のルミナリヱだが ボクがその下を通ったのは昼間だったので 当然ながら電気はまだ点いていなかったのである 電気の点いていないルミナリヱは 電球だらけのただの白いアーチに過ぎないのである その時ふと気付いたのだが 神戸美人が消滅し始めたのは ルミナリヱが始まったころからではないだろうか まるでエネルギー不変の法則がはたらいているかのように 美しいものが登場した代償にというように 美しくないものが出現し始めたのではないだろうか ところで 小腹が空いたので立ち寄った元町の老祥記の豚饅である なぜ1個あたり十円高い南京町の老祥記に あれほど長蛇の行列ができるというのに 元町商店街の老祥記の方は いつ行っても閑散としているのかという素朴な疑問の答えは 食べてみればすぐに分かるのである 27 dec 2003 angling.net 佐々木雪 様 Verisignよりお客様のドメイン「angling.net」の年間維持費(1年分)の請求がまいりました。つきましては、弊社にて年間維持費の支払いと更新手続きの代行を致しますので、下記金額を2004/1/13までにお振込みくださいますようお願い申し上げます。有効期限を過ぎますと、Verisignにてドメインが削除されますので、ご注意ください。お支払い遅延により万一ドメインが削除されましても弊社では責任を負いかねますのでご了承ください。 というようなメールが来た アングリングネットを維持していくのに レンタルサーバ料 レンタルカウンターサービス料 有料掲示板使用料 ドメイン維持費用 などなどが必要なわけで カウンターと掲示板は安いのだが レンタルサーバは 海外の安いところを借りるとアクセスが悪く しょっちゅうトラブルが発生して 快適なウェブページの構築はまず期待できないのである 以前ヱヱ加減なアメリカのサーバで二度ヒドイ目にあったので 今は東京にある値段の高いサーバを借りている それだけではなく 「www.angling.net」というURLを維持するだけのために 毎年インターニックに対して無駄な出費を続けている 企業のホームページでもないのに なぜこんなにお金をかけなくてはいけないのだろう 個人ホームページにしては明らかにやりすぎだ それに最近はちっとも更新をしていないし 内容もまったくマンネリズムの権化であるし どうやらここらが潮時ではないかと思うのである しかしこの「angling.net」というドメイン 放棄すると即座に何処かの誰かが押さえてしまうことは明白で http://www.angling.net/にアクセスすると まったく違う(恐らく海外の)ホームページに繋がってしまうのである それは些か腹立たしい気分である それを防止するには 永遠に維持費用を支払い続けなければならないのである で とりあえず来年の分を振り込んだ あほみたい 28 dec 2003 ■■■K浜釣り倶楽部納会■■■ N尾川河口の Run's Houseのウラの狭いポイントに いい歳した11人のつりびとが横一列に並び 賞金をかけて トップウォータープラグで鯔を引っかける とてもマトモじゃないけど‥‥‥ はっきり言って異常だけれど‥‥‥ できれば 動物愛護協会には知られたくないけれど‥‥‥ で 優勝したのは‥‥‥ ↓優勝候補のこの人である そして 賞金ゲット‥‥‥ 賞金を手に高笑いをするM砂氏 ニッポンのつりびとよ こんなんでいいのか 30 dec 2003 年賀状 今年は とうとう 年賀状を一枚も出さなかったのである 友人にも 先輩にも 恩師にさえも 一切出さなかったのである こんなことは ボクの人生でただの一度もなかったことなのである 思うに 今の郵政は堕落しきっているのである 親方日の丸に馴染みすぎて心を失っているのである 前島密の情熱はすでに死滅してしまったのである 彼の精神を継承するものはついぞ現れなかったのだ したがって 郵政の売り上げに協力するような真似はしないことにしたのである もともと 盆も正月もない明け暮れなので 世間並みのことを考えるつもりはないのである ‥‥‥これでいいのだ これを読んでおられる方々へ お願いですからボクに年賀状を出さないでください もしもう出してしまわれた方々には大変申し訳ありませんが お返事はお出しいたしませんので悪しからず御了承ください 店主軽薄 old tales |