
Old coffee dripper and
Heddon original ZARA-spook
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アルレイクの主
海外旅行先で
急に釣りがしたくなって釣具屋に行くと‥‥‥
『ヨクチュレル・ミジュウミ・アリマス』
と、怪しげな店員が現れて
地図を広げて説明を始めた
『ここから遠いの?』
『チカイ・チカイ・5フンガ10プンガ20プンデス』
『よくわからんな、言ってること‥‥‥』
『アンナイシマスデス・ドージョ・ドージョ』
見かけによらず親切そうな店員だったので
言われるままに釣具屋の車に乗り込んだ
店員の話では
その「アルレイク」という湖には
変わった貸しボート屋が一軒あって
ルアーは3個しか持ち込めないという決まりがあるらしい
ボート屋のオヤジは変わり者だが
客を連れてくれば
一人あたり5ドルのリベートがもらえると言う
正直そうな店員はいかにも嬉しそうに話した
山あいの未舗装路を走り始めて
ちょうど35分でその湖の畔に着いた
『なんだ、5フンガ10プンガって、足し算だったのか』
『ナンダ・タシジャン・ダッタノデス』
湖畔には小綺麗なログハウスが何棟か建っていた
その一つがくだんの貸ボート屋である
中に入ると巨大魚の剥製が目を引いた
壁といわず天井といわず所狭しと飾られていた
『おお、こんなでかいのが釣れるんだ』
『ハイ・チュレルデスヨ‥‥‥デカイノイッパイ』
店員は両手をいっぱいに広げて見せた
しばらくすると奥から白髪頭のオヤジが出てきた
『ボート貸してほしいんでっか?』
と、突然の大阪弁だ
一瞬たじろいだが
聞くと若いころ堺に七年ほど住んでいた言う
『ところでルアー3個というのはどういう理由なの?』
『それはでんな、ボートに重量制限がおまんねんわ』
『重量制限って?』
『つまりでんな、4個積んだらボート沈みまんねん』
『そんなバカな‥‥‥冗談だろ』
『いやホンマでっせ』
『重いのでも軽いのでも3個なの?』
『そうでんねん、ルールは守ってもらわんと』
『変なの』
『変でもルールでっさかい』
『まあいいか‥‥‥じゃ3個だけにするよ』
『そうしとくなはれ‥‥‥ほなこれボートのキー』
『ボートのキーって? 手漕ぎじゃないの?』
『オールぱくられんようにカギかけてまんねん』
『‥‥‥?』
早速釣り支度を始めた
タックルボックスから持っていくルアーを選ぶ
まずザラスプーク‥‥‥こいつは外せないな
あとはマスキージタバグに
ダルトンスペシャルと‥‥‥トップばかりだな
ロッド一本とルアー3個を持ってボート桟橋へ行くと
アルバイトの少年が手招きをしていた
少年にキーを手渡すとオールの鎖を外してくれた
チップに1ドル紙幣を渡してやった
少年はニコニコしながら
『テンキューミスター、ハバナイスフィッシン』
と笑顔で見送ってくれた
湖に漕ぎ出す
オールを操りながら美しい景色に心を奪われた
観光地とはいえ景観は抜群だった
平日のせいか釣り人の姿はまばらである
ときどき魚をヒットさせたのだろう嬌声が飛び交う
しばらく漕ぎ進んだところでラインの先にルアーを結んだ
まずフロッグパターンのザラから‥‥‥
目の前は馬の背で立木が数本見え隠れしている
その立木めがけて第一投
‥‥‥と、いきなりバックラッシュしてしまう
『このコルセアは回りすぎてダメだな‥‥‥』
ネットオークションで35ドルで落としたやつだ
『やっぱりリールはカルカッタに限るな‥‥‥』
ブツブツ言いながらバックラッシュをほどいていると
突然
『凹っ!』
という大きな音がした
目を上げると
ザラが落ちた辺りに大きな波紋が出来ている
で、ザラは‥‥‥ない!
次の瞬間
手元に大きな衝撃が来た
『うわぉっ!なんてこった!いきなり来たぞ!』
ロッドを立てる
ラインが風を切って鳴る
強烈な引きがロッドを絞り込む
何度も伸されそうになる
ドラッグを駆使してラインブレークを防ぐ
しかし‥‥‥
ボートはどんどん立木の方へ引き込まれていく
『あっ!立木に巻かれるぅ!』
と‥‥‥魚は動かなくなった
完全に立木に巻かれてしまった
『しまったしまった○○千代子‥‥‥』
5分が過ぎた
10分が過ぎた
30分が過ぎた
そして1時間が過ぎた
魚は動かない‥‥‥
こうなったらしかたがない
『大事なルアーだけど‥‥‥ラインを切ろう』
と、ラインを引っ張ったとき
突如として魚は動き出した
弱っているかと思ったがとんでもなかった
ぐんぐんボートを引っ張っていく
まるで水上スキーのように引っ張られていく
どこまで行くのだろう‥‥‥まるで化け物だ!
さらに30分が経過した
ヒットしてから2時間近くも経過している
さすがに疲れたのだろうか
じょじょに弱り始めたのが分かる
『よしっ!今がチャンスだ!』
半ば強引にリールのハンドルを巻く
魚はボートに近づいてくる
そして
サーモン用の大型ネットで
‥‥‥ザバッ!
『よしっ!やった!やった!』
それはとてつもなく大きな魚だった
さっき桟橋で見送ってくれた少年ほどあった
魚はボートの底でくたびれ果てていた
鰓だけを動かしておとなしく横たわっていた
震える手で写真を何枚も撮った
そして
リリースしようと
口にかかっていたザラをペンチで外したとき
口の中に小さな光るものが見えた
『ん?なんだ?』
よく見るとスピナーだった
誰かがブレットンでこの魚をかけてバラシたのだろう
ユニノットで結ばれた細いラインが少しだけ残っていた
『可哀想に‥‥‥よし、これも外してやろう』
ペンチでスピナーを外してやると
魚は少し元気が出てきたのか
尻尾をバタバタとボートの底に打ち付けていた
両手で抱えるようにして湖に戻してやった
巨大魚は疲れてはいたが悠々と湖に帰っていった
その後ろ姿にはアルレイクの主たる威厳があった
胸のポケットから煙草を一本取りだして火を着けた
『ふーっ』
日ごろの鬱憤を煙とともに一気に吐きだした
爽快な気分だった
深い達成感に浸っているとと
突然
なんの前触れもなくボートがグラリときた
どこからともなく浸水してボートは沈み始めた
えっ!
これはいったい!
湖の主を釣ったタタリなのか!?
いや待てよ、ブレットンだ!
4つ目のルアーだ!
ボートの底にはザラスプークと
その横には小さなブレットンが光っていた

『ああ!沈む!沈む〜!』

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