Angling Net / The Grotesque Night



prologue

1996年9月標津

標津の忠類川へ鮭を釣りに来ていた
ボクは生まれてはじめて毛鉤でサーモンを釣って
いい気分に浸っていた

夕刻
その日の釣りを終えたボクは
ぶらぶらと宿の近くの海岸を散歩していた
海を渡る秋風がとても心地よかった

標津漁港へ行くと若いアベックが魚釣りをしていた
「なにが釣れるのだろう‥‥‥」

邪魔をしないように遠くからながめていると
なにか黒くて丸いモノを釣りあげた
女がキャーキャーと黄色い声をあげている
ボクは近づいていって釣りあがったモノを見た
それは
生まれてはじめて見るグロテスクな魚だった
「なんですかそれ」
「カジカです」
男は事も無げにそいつを鷲掴みにすると
クーラーボックスに放り込んだ



2002年11月

それから6年後
北海道大学に進んだ吉田公樹が
「重いだけで引かない」
と言いつつ
「色んな意味で忘れられない一匹になると思う」
と端的に表した魚
それがカジカだった

ヨシダコウキが初めて釣ったカジカ

忘れていた6年前の標津での記憶が蘇った
細い記憶の糸を繋いでゆくと
鮭釣りに夢中になっていたあの頃の自分と
今のここにいる自分とが
同じ自分でありながら
まったく別の自分であることに気付いた
少なくとも
今の自分は鮭釣りに興味がない




2004年3月函館

それから1年後
カジカを釣りたい‥‥‥
そんな思いがじわじわと膨らんでくるのを感じていた
しかし
関西に居たのでは一生カジカを釣ることはできない
北海道へ行こう

函館
左右を海に挟まれた函館なら
きっとカジカが釣れるに違いない
それに
函館は食い物が美味い‥‥‥
お気楽な気分で函館へやってきた


ところが
雪と風で軽く一蹴された
想像以上の豪雪と強風だった
しかし
焦ることはない
機が熟すのを静かに待とう


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